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消音の歴史

消音エンジニアリングのあゆみ…
その40年におよぶ経験が、ノウハウとして凝縮したアルパテック。

 産業としての消音エンジニアリングが登場したのは、戦後まもなくのことです。当時日本に駐留する米軍の住宅用断熱材として持ち込まれたグラスウールが、優れた吸音材になることに気づいた技術者が、日本で初めてグラスウールを応用したサイレンサを製作したのです。
 昭和40年代、日本は高度経済成長期を迎えます。しかし、この分野はまだ日が浅く、技術研究したくても参考書はわずか数冊しかないという状況でした。また、騒音の計測機械なども非常に高価でした。そんな中でエンジニアたちが音と向き合い、手探りでの実験と理論化を積み重ねて、高度な消音技術を確立していきました。

火力発電所の建設ラッシュ。
産業が、消音エンジニアリングを認知しました。

 日本の高度経済成長期には、工場地帯への電力供給を担う火力発電所等の大規模プラントが次々に建設されました。プラントでは、大風量の送風機、配管のバルブ、安全弁など、騒音を発生させるさまざまな機器や設備が使われているため、それまでのように建物自体の遮音や遮へいという手段では防音することが困難になりました。そこで、個々の機械・設備に対応した消音や吸音などの新しい技術が、本格的に採用されるようになったのです。
 たとえば安全弁は、容器内部の圧力が異常になると瞬時にバルブが開き、容器が壊れないように圧力を逃がします。そのとき大砲のような大音響を発するため、安全弁にはサイレンサが必要となります。技術的には「音速程度のスピードで噴出する蒸気をサイレンサ内で膨張させて低速化し、無数に空いた小さい穴を通して高周波成分に移行させて、吸音材での消音を容易にする」という方法です。こうしたノウハウの開発が、消音装置市場の急速な拡大へと結びついていきます。

公害基本法・騒音防止条例の成立。
社会が、消音エンジニアリングに注目しました。

 高度経済成長は国民所得の拡大などに大きな成果を生むと同時に、大気や水質の汚染、騒音など環境にも多大な影響を引き起こし、対策のために公害基本法が施行されました。クルマ社会が到来し、高速道路やトンネルの建設が進み、これらと呼応して各地域の騒音防止条例等の規制も強化されていきました。また、工場などの騒音についても、労働環境における労働者保護の視点から見直されるようになりました。
 こうした社会的ニーズの高まりを背景に、大学の研究室でも音響に関する研究がおこなわれるようになり、一方で大手プラントメーカーの技術的な基礎研究も始まりました。これによって、さまざまな研究成果が音響学会等で発表されるようになり、実際の装置設計への応用が可能となって、消音エンジニアリングはさらに飛躍的な進歩を遂げたのです。

環境がすべての指針となる時代へ。
世界が、消音エンジニアリングに期待しています。

 日本における消音技術は、大気や水質に関するエンジニアリングに比べて、まだ歴史の浅い分野です。しかし、環境意識の高まりが大気や水質に関する研究やエンジニアリングを活性化させたように、消音エンジニアリングは大きく前進していく可能性があります。
 現在は、エネルギ-分野でのガスタービン発電による高効率型発電が注目されるなど、これまでにない市場の広がりによって、消音エンジニアリングが新たな成長軌道に入ったところです。
 アルパテックは、日本における消音エンジニアリングのいわば直系の子孫として、その技術の粋、豊かな経験とノウハウを受け継ぐ者です。私たちは、そこに安住するのではなく、もっと新しく、もっと健やかな未来に向かって、この技術を活かしていけるように努力してまいります。